2011年10月14日 HAPPY BIRTHDAY

実は、わい、いま大阪やねん
\(^p^)/

理由は、言わずもがなだよね!
去年は有休取らんかったけど今年は取ったったぜ!ウヒョー!

ずっと、この気持ちを消さなきゃいけないのかしまわなきゃいけないのか私にはよく分からなくてうだうだしていたけれど、10/14を迎えてやっと文章に出来た分だけ、綴ってみようと思うわけです。
凍結させるとか言っといて戻ってきちゃったよwww


総論としては、やっぱもう私ジャニヲタ無理やわ〜っつーね。彼らに体当たりでぶつかっていく元気が足りまっせーんwwwばばあでごめんぬwww
けど、じゃあ今までとどう変わるんだって言われたらあんまり変わらない気がします。もともとのっそりおたくでしたし。それに茶の間じゃ遠すぎる。

いっぱい叶えたいことがあったな。もちろんデビューもだよ。いつかデビューするって想像よりいつか辞めちゃうかもしれないってことの方がリアルだったけど、それでも夢見てないわけじゃなかったんだ。もしデビューするとしたら、きっと歴代最年長ってことになるだろうから、コメント求められるだろうなってこととか、会見の様子が朝のWSで流れるんだろうなとか、もしコンサートが誕生日の近辺であったらケーキに顔ダイブあるかなとか、っていうかまさに2011年の誕生日は金曜だから日程的にすげーありえそうだったのに!せめてエイトのバックについていればなーとかさ、いつか海外公演もあったらいいなそしたら私絶対飛ぶんだろうなって容易に想像できたこととかさ、ソロコンとかさ、でもソロコンってMC大丈夫かよとかさ、全部じゃなくてもこれから先きっと叶うだろうって思ってたこと、沢山あるんだ。

今になって認識したことは、政氏が辞める=私が夢見てたことが叶わなくなるっていうことを分かってなかったんだなってこと。

政氏が辞めてしまったことにそんなに衝撃はなかったのに、なんでこんなに苦しいんだろうって思ってた。それは、いつか見たいと思っていたものや、当たり前に見れると思っていたものが見れなくなるって、そんな当たり前ことにまで頭がいってなかったからなんだよね、きっと。

私、言霊を信じてるんですよね。だって少なくとも声に出した言葉は空気を震わせるわけだし決意にもなるし強い気持ちをこめることも出来る。それに影響力がないだなんて誰が言い切れんのって思う。悲しい気分の時に呼んだ名前には悲しみが乗るし、愛しい気持ちで呼んだ名前にはぬくもりが宿る。そういうもんじゃない?

だから、かんじゅのツアーの時にミツがかんじゅに向かって「『デビューする!』って言ってたら出来る!」って力強く言った時すごく胸に響いたよ。

確かにデビューが(確)になってたから言えた言葉かもしれないけど、それでも今まできすまいが言ってきたデビューって言葉には確かにデビューしてやる絶対にするって気概が感じられたし、したいしたい言うだけじゃないデビューに繋がる努力もしてきたからの言葉だと思った。少なくとも私はそう受け取った。彼らからその夢を諦めることはないなって信じられた。だから信じてついていっても大丈夫って安心感があった。先は長くても道ははっきり見えてどう進んでいったらいいのか見えたっていうか。だから、みつーここでそいこと言っちゃうかーと思った気持ちも少なからずあったけど、ホントにそれはちょびっとで、あそこまで言えちゃうみつはすごいなーと素直に思ったし、先にデビューを決めた"先輩"のこの言葉がかんじゅにいっぱい響けばいいなと思った。

っていうか話はズれるけど、ほんとみっくんてたまにほんとまじKY!こわいわ!って感じることがあってそわそわどきどきする。やめれ。

で、何が言いたいかと言うと、私は今でも彼らのデビューを願っているし、彼らには有言実行で頑張っていって欲しいなってこと。

でもね、みつには本当に感謝してる。8月にキスマイ東京ドームに入った時に、ずっと楽しかったんだけど、ぎゅーって苦しくなった瞬間があったんだよね。曲の影響か会場の雰囲気の影響か分かんないんだけど、あんまりにもキスマイがかっこよくて、なんか置いてかれたような気分になったんだよね。ああ、もう私みたいな中途半端なファンには追いつけないほどキスマイはおっきくなっちゃったんだなあきっと私の知らないきすまいがこれからもっとどんどん増えて行くんだろうなあとか考えちゃってね。どんどん遠くなっちゃうのかなって。だけど、その瞬間みつが真正面にあった坂道をびゅんって駆け上がったんだよね。そのアングルと歌詞がぴったり重なった光景にびっくりして思わず涙がぴたっと止まっちゃってね。後姿だったけど、あんなに頼もしいと思ったのは初めてだったな。いや、みつだけじゃなくてね。

スピード びゅん と加速して
さあ 走れ!
つま先に力集めて Fly 高く!
時代は僕たちを呼んでる 呼んでる

そうだよ君たちは時代に呼ばれてるんだよいつかこの時代のチャンピオン掴めNo.1とか歌うようになるんだよおおおおおって過去のきすまいに言ってあげたくなったな。でも言わなくったってキスマイは大丈夫ってことも知ってるけど。

政氏が辞めちゃってから、他の人達をどうやって応援したらいいのか分からなくなってたんだけど、少なくともキスマイは、私は私なりに好きでいてもいいのかなって、この時思えたんだよね。キスマイが一番って結局言い切ることは出来なかったけど、それでも好きって気持ちは本当だから、これから先も見守って行きたいと思った。

本当は、いつかキスマイのこと、自ユニって言いたかったな。

エイトに関しても。
エイトのことが好きなときは、コンの時もテレビの時もラジオの時もさらには飛んではドリ小を読んでる時も同じだけキャーキャーしたもんで自分でもサイトなんか作っちゃったりしてたわけで(いやー懐かしい。っていうかまだ稼動してるけど)、だから辛い時はコンサートDVDを見る時もあればドリ少サイトに行くこともあり…って感じで。現実の彼らも妄想の彼らもいっしょくただった。
そんで、いつまでも私はひろきがいるエイトにこだわりすぎてた。
去年のツアーに入った時に、最後に蒼写真が流れて、スクリーンにシャッターが切られる音と共にメンバーが映し出されていくんだけど、その時に衝撃を受けたんだよね。実際にひろきがいなくなってから長い時がもちろん流れていて、それを分かっていたつもりだったのに、今こうしてこの瞬間を切り取ったなら、"ここ"にいるのは7人なんだってことに初めて気付いて。
私、一回でも7人で頑張っていた姿を認めてことがあったのかなって思った。ひろきのことを考えずにいたコンサートあったかなって。いつもいつも曲にひろきを重ね合わせて泣いて、ライトがピンクだったら泣いて、どこかでひろき聞いてるかな見てるかなって考えて。ひろきが戻ってくるにしろこないにしろ、今ここで力を合わせて頑張っているのはこの7人なんだってちゃんと認識したことはあったのかなって。すごくすごく、うろたえた。
それで、そこからすとんと楽になった。別に普通にエイトのことが好きって、それだけでいいんだなって。過去や行く末に心を痛めるのは違うなって。ありがとうって叫ぶ時はなんの含みもなくありがとうって言っていいんだって、そう思えた。普通に、ジャニーズとかそんなこと関係なく、関ジャニ∞のこと好きでいていいんだなって思えるようになった。普通に8人の曲も7人の曲も関係なくエイトのあの曲が好きって言っていいんだって。

これは、きっと政氏を好きになったから思えたこと。

そういえば、政氏の場合は現場にいる政氏がいっちばん好きだったな。今その場にいる政氏がいつも一番だった。

なんだか元気なさげだったり、しんどそうだったり、ショータイムで全然歌わなくてハラハラさせたり、かと思ったらエイトが見学に来ている回で緊張しとっただけかよ!ってなったり、いかにもジュニアな曲になるとものすごくキレが良かったり、若かりし頃に踊った曲になるとノリノリで踊っちゃったり、見目麗しい感じなのに何故かいつもなんとなくダサい感じだったり、スーツがだぼだぼだったり、シャツの襟が立っちゃってたり、ぎらっぎらーまーぶしくてーのフリがおかしかったり、びりびりのダンスがちょーかわいかったり、MCとかでスクリーンに先輩方からのメッセージとかある時はちゃんと正座したり、でもかんじゅこんとか自分たちの回だと腕組んでたり、しゃがんでても片膝立ててたり、あんまり面白いこと言えなかったり、ウケたら同じネタ何回も言っちゃったり、最終的には台詞まるっとカットされたり、かと思えばえいとに可愛がられたり、かんじゅにオチに使われたり、みつとひろきを虜にして同担乙!ってさせたり、
書き出したらキリがなくて、全部、全部愛しかったなぁと思うわけです。都合のいい自分の妄想の産物の彼より、本当に"アイドルの伊藤政氏"が一番かっこよくて素敵で愛しかった。いろんなことが鮮明に思い出せるから、不思議だよねぇ。政氏と関わった部分だけ、まだちっとも色あせないんだよ。
私をどん底に突き落としたのも彼の行動で、色々巡り巡る思考の果てに行き着くやっぱり幸せだったという今の自分を救う気持ちも過去の彼の行動によるものなんだよね。
だから色々ぐるぐるしたこの感情は彼にしか消せないと思ったし、それ以外の方法でどうにかしようとするのは、少なくとも自分自身にとっては間違った行動だと思いました。

だから夏の松竹には入らなくって良かったと思う。だって私、かんじゅを見たいという気持ちよりも、政氏のいないかんじゅの現場を見たほうがいいかも、っていう気持ちの方があの時絶対大きかったから。そんな気持ちのまま入らなくて良かったなあって。政氏がいなくて虚無っててもやっぱりかんじゅを好きって気持ちも嘘偽りじゃないからさ。あ、でもぶんちゃんの看守長、見たかった…。
日生も、「やっぱライバル聞きてぇぇぇぇぇ!」ってなって手配したからライバルにチケ代ぜんぶ!と思ってたけど、ショータイムでネクステが流れた瞬間号泣した。東京でこの曲が聞けるだなんてって思ったら涙が止まらなかった。
膠着状態と言われるかんじゅだけど、♪この手で掴みとるだけさ だよねそうだよねえええええ…!ってなって。もしかしたら私はあの子達のことを侮ってたかもしれなくて、でも彼らにも想像した以上の何かを成せる力があるんだと正に彼らに突きつけられて、愛しくてしょうがなかった。私はきっとこの先も何かがある度にこの日を思い出すんだろうなって思う。
(そして関係ないけど、わたしライバルは神ちゃんが歌うんだと何故か誤認しててね…フフフ…呆然としましたよ…)(そのかわり濱ちゃんげしかみのシーン見れたからいいけど!)

思い出せば、例えば辛い時に、同じ空の下で政氏は笑ってるかもって思ったら私も笑えるように頑張ろってなったりとか、特別なものに出会った時に政氏にもこういう感動が訪れますようにと願ってみたりだとか、幸せを祈る時には政氏も幸せで在りますようにと当たり前のように一緒に祈ったりだとか、そういったことがすごく当たり前ででも特別でやっぱりその度に私は伊藤政氏が大好きだなぁと認識してそれがまた幸せだったなぁと思うんですよ。幸せな時間だったなぁと。

だけど正直、もし今伊藤政氏が戻ってきたとしても、もう前と同じようには愛せません。
だって、大事だと思っていた分だけ、しんどかったんだもん、辞めたとき。
それは伊藤政氏だけじゃなくて、他の誰であっても、あの衝撃を知ってしまった今となってはもう一度誰かをあんな風に応援しようとは、なかなか思えないです。いやーしかし思い返すとよく生きてたよね、私www

でもほんとに実際、今日この日まで泣かない日の方が少なかったよ。何が辛かったとか苦しかったとか分からないままに涙が溢れてきて、自分でもその感情が何か捉えきれなかったから、それがすごいしんどかった。毎日毎日目を腫らして出社して、下向いて寝たとか腕敷いて寝たとかごまかして、毎日毎日勝手に流れてくる涙に自分でもはてさてという感じで。それが四ヶ月ですよ四ヶ月!脱水症状でるかと思ったわ!
泣いて泣いて泣いて、ほとんど毎日泣いてた四ヶ月だったよ。長かった。でもまだあの日から半年も経ってないんだね。

でも、喪失感に打ちのめされて、政氏を大好きだった気持ち、全部なかったことには出来なかったよ。政氏が、事務所を辞めちゃってからしばらくの間、ずっとぐるぐると考えた先にいつもあったのは幸せや楽しいことばかりだった。辞めちゃって悲しいってtwitterでつぶやこうと文字を打ち終える前に、あの時の政氏かわいかったなぁってことを思い出してた。だからそうやって思い出せるこの出会いはやっぱり何度考えても幸せだったんだよね。
でもやっぱり、悲しくないわけじゃなかったよ。
私はまだずっと辛いままだって分かってよ気付いてよって身勝手に思ったことも沢山あるし、もっともっと伊藤政氏が惜しまれて皆に愛されてたって愛されてるって確かめたい気持ちもまだある。
でも伊藤政氏が事務所を辞めてしまったあの日から、もう伊藤政氏に関する時間は止まってしまったんだよね。これからどんどん、かんじゅが好きでも伊藤政氏を知らない人が増えて行くんだもの。そうやってあの事務所の時間が流れてきたことも知ってる。

彼のことを恋愛対象として好きになれれば良かったなと思っています。せめて、ドリーム小説を書いたり読んだりする対象であれば、少なくとも失恋した気分になって、勝手に絶望して勝手に嫌いになってしまえたのにって。でもしょうがないね。私は現場の政氏が、アイドルの政氏が、本当に好きだったんだもの。だから今でもアイドルの伊藤政氏にもう会えないってことが本当に本当に、考えただけで今すぐ泣けちゃうくらい悲しくて寂しいけれど、それでもアイドルを1ファンとしてここまで好きになれるのは本当に幸福なことだよね。

わし、幸せもんじゃよね?

だから、声に出して言いたい。
一個人としての伊藤政氏が、幸せでありますようにって。
これからアイドルの時は出来なかった恋愛をして、結婚をして、歳をとってさ。
プロポーズは星空の下かな。暗闇の中で指輪落とさないといい。結婚式のスピーチは横山さん。きっと新郎が号泣して花嫁のハンカチを借りる。結婚生活はきっと関白宣言。だけど実際には関白宣言させてあげてる奥さんのが上手。
そんな夢見るような幸せが政氏の上に降りますように。
悲しみや苦しみのない人生なんてそんなものはありえないから、1つでも多く、政氏が幸せだと感じることが彼の身の上におこりますように。

この先の私の人生の中で、それを願って生きていきたいと思っています。私も幸せな恋をして、結婚をして、仕事をして、そうやって一生懸命生きてゆく。成せることもあれば成せないこともきっとある。その人生の中で私が幸せだと感じた時、ふと政氏も幸せでありますようにと願えるようでいたい。幸せだと感じる時に、幸せだった思い出と共に政氏のことを思い出したい。

いつかのtwitterで、政氏に対する気持ちをガラスケースにしまっておけたらってってつぶやいた。それでいいんだよね。
この気持ちを、ほんのちょっとの苦しみといっぱいの幸せでとっておく。

もう、ジャニーズに一生懸命にはなれないけど、だけど好きで大事なことには変わりない。本当に一つのカルチャーだよね、ジャニーズって。
だからこれからも舞台に行ったりコンサートに行ったりするよ。っていうか美男舞台行くのもう決まってるしwww
見たいと思うから見に行く。好きだから見に行く。伊藤政氏を言い訳に使うのではなく、"誰か"に会いたいから見に行く。

これが、今の私が考えていることの文章化の精一杯。あの日から約四ヶ月かかって辿り着いた今の精一杯。これで、精一杯なんだわな〜。

これで、こうして10月14日を祝うのは最後なのかな。自分でも分かんない。
もうアイドルではなくなった人の名前を、自分が辛いときに呼んだりするのは、自分的には反則って思ってる。ファンの夢をしょうのはアイドルの努めだけど、一般人に一方的に知られてる他人の人生背負わせられないもん。だけど、心の中でちっちゃくハッピーバースデーって、幸せでありますようにって祈ることは許されるかな。それくらいは許してもらえる?
私はこんなに彼に感謝をしているけれど、もうこの気持ちすら届けることが出来ないことに、軽く絶望する。きっとこの気持ちもいつか褪せていくだろうから、伝えられるのなら早く伝えたいのにな。もしももっと早く、こうやって言葉に出来たら手紙は彼の手元に届いていたのかな。

私は、本当に伊藤政氏のことが大好きだったよ。自分でもびっくりするぐらいに。
その伊藤政氏が、幸せになれるように本当に本当に祈っています。

これだけ自分のためのけじめとして書きたくて、戻ってきました〜。